海水館の碑

海水館は明治30年代に坪井半蔵が作った割烹旅館で当時は眺望が抜群に良かったそうです。
下宿兼旅館は和風2階建てで、一日中風呂が沸いており、海に向かってせり出した部屋は、部屋から釣りを楽しむことができたそうです。

海水館の碑 島崎藤村の母校である明治学院大学に藤村研究部によって建てられた海水館の碑

この海水館は明治末期から多くの作家が執筆場所として利用しています。島崎藤村の自伝小説「春」、小山内薫の「大川端」、吉井勇の「毒うつぎ」、三木露風の「白き手の猟人」等などがあります。

碑は佃3丁目11-19にあり営団有楽町線の月島駅が一番近い駅です。

海水館の碑の説明

海水館の碑の説明

海水館の碑の説明

海水館の碑
所在地 中央区佃三一丁目一一番一九号先
ここは明治二十九年(一八九六)に完成した新佃島埋立地の一部で、房総の山々を望むことのできた閑静な景勝地でした。
ここに明治末から大正年間にかけて多くの文化人が集った海水館がありました。 海水館は坪井半蔵(つぼいはんぞう)によって明治三八年に開業した割烹旅館兼下宿で、当時の京橋区新佃東町一丁目二六、二七番に建築されました。。
島崎藤村(しまざきとうそん)は明治四十年から四十一年にかけて海水館に止宿して自伝小説「春」を朝日新聞に連載し、小山内薫(おさない かおる)は明治四十二年から四十四年にかけて止宿して「大川端」を読売新聞に連載しました。
他にも荒畑寒村(あらはた かんそん)・木下杢太朗(きのしたもくたろう)・佐藤惣之助(さとう そうのすけ)・竹久夢路(たけひさ ゆめじ)・日夏 耿之介(ひなつ こうのすけ)・三木露風(みき ろふう)・横山健堂(よこやまけんどう)・吉井勇(よしい いさむ)ら多くの作家・芸術家が利用し創作活動を行いました。
この碑は昭和四十三年(一九六八)、藤村の母校である明治学院大学に藤村研究部によって建てられたもので、裏には「春」に執筆由来に記が記されています。
平成二十一年三月
中央区教育委員会

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