住吉神社

この住吉神社は佃島の由来と同じで、摂津国西成郡佃村(現在の大阪市西淀川区近く)の33人の漁師たちが江戸・佃嶋に移住する訳ですが、神主さんも一緒に来たと言うことです。そして、ついでに摂津国佃鎮座の住吉社(現田蓑神社)から分霊し徳川家康の霊を奉遷祭祀し、住吉神社を創建したという事です。神社創建は1646年(正保3年)ですから360年前後の歴史があります。

住吉神社

住吉神社は国内に約600社あり、三大住吉とされ、日本書紀ある仲哀天皇の后で応神天皇の母・神功皇后が行ったとされる新羅出兵をさす三韓征伐に由来する神社としての 住吉大社(大阪市住吉区)、住吉神社(山口県下関市)、 住吉神社(福岡市博多区)がありますが、ここの住吉神社は三韓征伐に由来する神社から勧進された神社 です。

勧進とは寺院の建立や修繕などのために信者や有志者を説きすすめてその費用を奉納させること。

住吉神社の水盤舎(すいばんしゃ・おみずや)

水盤舎は手水舎(ちょうずや・てみずや)とも言い、参拝者が身を浄めるために手水を使う施設のことです。

水盤舎 手水(てみず、ちょうず)の基本的は作法は以下の通りです。マスターして下さい(笑)
1)柄杓(ひしゃく)を右手に持ち左手を洗う。
2)次に柄杓を左手に持ち替え右手を洗う。
3)次にもう一度柄杓を右手に持ち替え左手に水を受けて口を洗いその後左手を洗う。
4)最後に柄杓を立て柄の部分に水を流す。

陶製の住吉神社扁額

陶製の住吉神社扁額 扁額(へんがく)とは、鳥居の上中央の額の事で、門戸や室内などに掲げる横に長い額で横額(よこがく)とも言います。
この住吉神社の扁額は珍しい陶製です。

水盤舎と陶製扁額の説明

水盤舎と陶製扁額の説明 住吉神社の水盤舎(おみずや)・陶製扁額(へんがく)
所在地 中央区佃一の一の一四
住吉神社は江戸初期に、摂津国西成郡(大阪市)佃村の漁民が江戸に移住した後、正保三年(一六四六)に現在地に創建された佃島の鎮守です。
当社は、創建以来、佃島の鎮護のみならず、水運関係の人々から厚い信仰を受けてにぎわいました。
水盤舎は欅(けやき)材の切妻(きりづま)造、瓦葺きの建物です。
明治二年(一八六九)に再建され、同四十四年に改築されました。
水盤舎の欄間は、明治二年再建時のものを使ったと推定されています。
欄間の正面には石川島の灯台と佃の渡し、側面には帆をはった回船や網をうつ小舟、背面には磯の景色、また内側にも潮干狩りなど、佃島の風景が彫られています。
石造の水盤には「正保十二年(一八四一)白子組」と見え、木綿問屋組合が寄進したものです。

正面鳥居の上にある扁額は、珍しい陶製で、白地に呉須で額字や雲文を染付けています。明治十五年(一八八二)六月に制作され、額字の筆者は有栖川宮幟仁(たかひと)親王です。
水盤舎と陶製扁額は、共に中央区民有形文化財に登録されています。

平成九年三月
中央区教育委員会

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